ぶらり国・府

観光

府中の史跡と郷土の森をめぐるコース
府中の歴史にちなんだ神社仏閣や名所・旧跡をめぐるコースです。

馬場大門のケヤキ並木

府中駅のすぐ西側に南北約500mにわたって、ケヤキの並木が続いています。この並木は、馬場大門のケヤキ並木といい、大正13年、国の天然記念物に指定されました。ケヤキの並木で天然記念物に指定されているのはここだけです。康平5年(1062)、源頼義・義家父子が奥州安倍一族の乱平定後の戦勝祝いに、ケヤキの苗1000本を寄進したことが起源といわれています。現在のケヤキ並木の形状は、徳川家康が関が原、大坂両役の戦勝の御礼として馬場を献納し、ケヤキの苗を補植したことからできたと考えられています。四季折々の木々の表情は大変豊かで、まさに府中を代表する景観の一つといえます。

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高札場

江戸時代、幕府から御法度(ごはっと)、掟書(おきてがき)、犯罪人の罪状などを一般庶民に通達する方法として、板に書き示して街道沿いの宿場や橋のたもと、村の名主宅前など、人目に付きやすい場所に掲げたものを「高札」といい、これを掲げた場所を「高札場」といいました。これに似たものはすでに室町時代からありましたが、通達の体制や場所の整備が行われたのは江戸時代に入ってからで、幕府の威光を示すためにも、盛んに利用されました。府中の高札場は大國魂神社御旅所の柵内に現在も残っていて、大きさの点からも非常に珍しいもので、都の旧跡に指定されています。ここは当時、甲州街道と北上する川越街道、南下する相州街道(現在の府中街道)が交差する交通の要でした。

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高安寺

室町幕府の将軍足利尊氏(1305-1358)が、元々この地にあった市川山見性寺を再興し、龍門山高安護国禅寺と号したのがはじまりとされ、尊氏が改名する前の高氏から名づけられたとされています。それ以前の寺は平将門を討ち取った功績で武蔵野守となった藤原秀郷の館跡であったと伝えられています。尊氏は国と人々の平和を願って全国に安国寺や利生塔を建てました。武蔵国の安国寺が高安寺です。しかし鎌倉時代末期から南北朝の戦乱の時代には、崖の上にあったため、この寺はしばしば合戦の本陣となりました。曹洞宗。現在の本堂は享和3年(1803)、山門は明治5年(1872)、鐘楼は安政3年(1856)の建立で、東京都選定歴史的建造物に指定されています。また、観音堂は市有形文化財に指定されています。

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分倍河原古戦場碑

元弘3年(1333)5月、上州(群馬県)に討幕の兵を挙げた新田義貞は、鎌倉幕府軍を打ち破りながら南下しました。5月16日、府中の分倍河原(ぶばいがわら)で北条泰家率いる幕府軍を下し一気に鎌倉に攻め込みました。「太平記」によれば、このときの新田軍は10万、対する幕府軍はこれをやや上回ったと記されています。この歴史的な合戦の舞台となった分倍河原に、新田氏の子孫で元男爵新田義美氏の筆による分倍河原古戦場碑が昭和10年に建てられました。

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府中市郷土の森博物館

府中市郷土の森博物館は、13.7ヘクタールもの広大な敷地を持つ、総合博物館です。本館の常設展示室は、平成26年10月4日にリニューアルオープンしました。「くらやみ祭」「古代武蔵国府」「近世府中宿」の3テーマを中心とした、府中の歴史と文化そして自然を体感できる展示室に生まれ変わりました。また、本館には、平面式としては日本最大級のプラネタリウムがあります。広い園内は府中の自然地形に見立てられていて、各所に歴史的な建造物が配置されています。四季折々の草花も見どころで、毎年「梅まつり」や「あじさいまつり」も開催しています。また、こども達が安心して遊べる水遊びの池もあります。催し物も数多く開催しており、1年を通じて、さまざまな世代の方々に利用していただける施設です。詳しくはホームページをご覧ください。

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郷土の森観光物産館

郷土の森物産館では、地元農産物や市内特産品・観光関連グッズの販売や、市内の様々な観光スポットやイベント情報の提供を行っています。また、府中観光協会キャラクターの名前にちなんだ「古都見カフェ」では、地産地消の推進として、府中市産の食材を使ったメニューを取りそろえています。是非ご利用ください。

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郷土の森公園

野球場やサッカー場、総合体育館、総合プールなどのスポーツ施設が隣接しています。また、公園内には、バーベキュー場や交通遊園、広い芝生広場もあるほか、7月頃には修景池に、大賀博士によって発見された大賀ハスをはじめ多くの種類の花蓮が咲きます。

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新田義貞公之像

分倍河原駅のロータリーにある、馬上で刀をふりかざす勇ましい姿の像は、分倍河原の合戦で活躍した新田義貞の像です。文化勲章受章者の富永直樹氏が制作を手掛けました。

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善明寺

江戸時代中期の延享元年(1744)、神学者依田伊織が、天台宗安養寺末寺の善明寺を、現在地に移転、諸堂を造立したもので、別名「伊織屋敷」とも呼ばれていました。墓地には、都旧跡に指定されている依田伊織の墓と勤王の志士、西園寺実満の墓があります。寺宝としては、刀鍛冶、藤原助近作の「大鉄仏阿弥陀如来坐像」及びその胎内仏とされる「小鉄仏阿弥陀如来立像」が安置されています。共に国指定の重要文化財です。

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大國魂神社

都内でも屈指の古社で、社伝によると今から約1900年前の景行天皇の時代に、武蔵国の鎮守(武蔵国魂)として大國魂大神を祀ったのが始めとされています。大化改新の後、この地に国府が開設されると、武蔵国の総社となり、国内の著名な6か所の神社を合祀したので、六所宮あるいは武蔵国六所明神社と称されるようになりました。社名が正式に大國魂神社と定められたのは、明治4年(1871)のことです。平安中期には、源頼義・義家父子が奥州の安倍一族の征定を祈り、鎌倉初期には、源頼朝が平家の追討と妻政子の安産を祈願したことを社伝にみることができます。また、江戸幕府を開いた徳川家康の尊崇も厚く、社領500石を寄せています。昭和37年(1962)に都の有形文化財に指定された本殿は、流造りの屋根をもつ3つの建物を横につらねた「相殿造り」と呼ばれる珍しい形で、中央に大國魂大神、左右に一の宮から六の宮までの神を祀っています。縁結びや厄よけの御利益で有名ですが、最近はパワースポットとしても人気です。毎年5月3日~6日に行われる例大祭「くらやみ祭」は多くの観光客でにぎわいます。平成23年に改築された「随神門」の中には、ハートの形が隠れていますのでぜひ探してみてください。

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ふるさと府中歴史館

1階の展示室には、武蔵国府跡やその関連遺跡から出土した土器や瓦などの展示、タッチパネルを利用した「デジタル郷土かるた」、大型画面のCGにより奈良時代の国府の風景を再現した「国府百景バーチャルツーリング」などがあり、子どもからおとなまで文化財や遺跡について楽しみながら学習できます。 また、くらやみ祭の映像紹介コーナーもあり、市内の文化財や遺跡など歴史文化遺産全般を検索可能なデーターベースを備えています。 2階では、市の歴史を物語る文書資料を保存・公開しており、3階では、武蔵国府に関する図書や全国各地の国府、国府関連遺跡の発掘調査報告書などの図書資料を収集、保存しています。

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武蔵国府跡

大化の改新によって、武蔵国(現在の埼玉県・東京都・神奈川県の一部)がおかれ、その政治の中心地「国府」は現在の府中市に置かれました。国府の政務機関である、“国衙”(こくが)の跡が30年余りに及ぶ発掘調査の結果、大國魂神社の境内および、その東側一帯に存在していたことが確実となり、さらに、その中枢施設“国庁”とみられる大型建物跡が発見されました。 この建物跡は最重要施設として、国史跡に指定されており、当時の建物の位置に赤い柱が復元されています。

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