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新田義貞公之像
分倍河原駅のロータリーにある、馬上で刀をふりかざす勇ましい姿の像は、分倍河原の合戦で活躍した新田義貞の像です。文化勲章受章者の富永直樹氏が制作を手掛けました。
株式会社日立製作所 中央研究所庭園
大正時代は実業家の別荘で、昭和17年に研究所が設立されました。 庭園内には約27,000本の樹木や野鳥が多く、豊富な湧水は野川の主要源泉のひとつです。 通常、一般の立ち入りはできませんが、年2回(春・秋)、一般に庭園が公開されます。 ※新型コロナウイルス感染症拡大防止のため中止の可能性があります。 ※開催の際は国分寺市観光協会twitterで情報発信します。(@bunjikanko)
多摩川
多摩川は、四季折々の姿が「玉のように美しい」という意味で、昔「玉川」という字があてられていました。是政橋と南武線の鉄橋との間の一帯は、オギの群落地となっています。秋の夕陽に、銀色の穂波が揺れて輝いている様子はたとえようもない美しさです。また、多摩川に沿って整備された「府中多摩川かぜのみち」は、四季それぞれに変化を見せる多摩川の風景を見ながら、サイクリング、ジョギング、ウォーキングを楽しむ人々で賑わっています。
電車開通記念碑
明治22年(1889)に新宿~立川間で開通した甲武鉄道(現在の中央線)が政府に買収され、その後大正11年(1922)に国分寺駅まで電化が進み、蒸気機関車から電車になったのを記念して、同年11月21日に建てられた碑です。
善明寺
江戸時代中期の延享元年(1744)、神学者依田伊織が、天台宗安養寺末寺の善明寺を、現在地に移転、諸堂を造立したもので、別名「伊織屋敷」とも呼ばれていました。墓地には、都旧跡に指定されている依田伊織の墓と勤王の志士、西園寺実満の墓があります。寺宝としては、刀鍛冶、藤原助近作の「大鉄仏阿弥陀如来坐像」及びその胎内仏とされる「小鉄仏阿弥陀如来立像」が安置されています。共に国指定の重要文化財です。
祥応寺のコノテガシワ
【市重要天然記念物】 ヒノキ科の常緑針葉樹で、中国北西部を原産とし古い時期に渡来しています。 当初は本堂前の左右に植えられていましたが、昭和初期に左側の1本が枯れ、現在は右側の木だけが残っています。 枯れた木の根で地蔵尊が彫られ、地蔵堂に安置されています。
馬霊塔
馬霊塔は、競走馬の供養のために建てられたもので、左右に十数基の墓石が並んでいます。墓石には、昭和26年(1951)に皐月賞と日本ダービーを制したトキノミノルをはじめ競馬ファンには懐かしい歴代の名馬の名前が刻まれています。このすぐ隣には、馬の保護神として信仰されている馬頭観音がまつられています。
国分寺市民俗資料室
昭和50年から、市史編さん事業が開始され、編さん過程で収集した写真・古文書やその後寄贈を受けた民具などを収蔵し、国分寺市内の農業、特に麦作りに関わる農具を展示しています。
分倍河原古戦場碑
元弘3年(1333)5月、上州(群馬県)に討幕の兵を挙げた新田義貞は、鎌倉幕府軍を打ち破りながら南下しました。5月16日、府中の分倍河原(ぶばいがわら)で北条泰家率いる幕府軍を下し一気に鎌倉に攻め込みました。「太平記」によれば、このときの新田軍は10万、対する幕府軍はこれをやや上回ったと記されています。この歴史的な合戦の舞台となった分倍河原に、新田氏の子孫で元男爵新田義美氏の筆による分倍河原古戦場碑が昭和10年に建てられました。
「日本の宇宙開発発祥の地」顕彰碑
昭和30年(1955)、糸川英夫博士率いる東大生産技術研究所が、南部銃製造所跡(現在の早稲田実業学校)で、長さ23㎝の小型ロケット(通称ペンシルロケット)の水平発射実験を行いました。 平成22年(2010)6月14日に帰還した探査機「はやぶさ」が向かった小惑星「イトカワ」の地名の一つは、宇宙開発発祥の地「国分寺」と命名されてます。 また、記念碑の東側には王貞治氏 第1号国民栄誉賞記念碑があります。
武蔵国府八幡宮
大國魂神社の境外末社。聖武天皇(在位724~749)が一国一社の八幡宮として創立したものと伝えられる古社で、八幡町という地名の由来ともなっています。今もうっそうとした林が神社を取り囲み、荘厳な雰囲気をかもし出しています。
本町遺跡(国分寺村石器時代遺跡)
明治27年(1894)、日本人単独による日本初の考古学の発掘調査が行われた遺跡です。考古学者の大野延太郎と鳥居龍造は、切り崩した崖の部分に石器などが噴出している層を発見し、『東京人類学雑誌』に発表しました。
武蔵台遺跡公園
公園内には、武蔵台東遺跡で発見された「縄文時代の敷石住居跡」が発掘時の状態で復元展示されています。これは、今から約4000年前の縄文時代中期後半に使われた住居で、大きさは約5メートルあります。居住部分中央に炉が設けられ、炉を囲むように平たい面を表にした川原石が敷かれています。
国分寺市新幹線資料館
ひかりプラザ北側にある1両の新幹線の車両は、昭和44年(1969)に製造された試験用車両で、鉄道総合技術研究所から市に無償譲渡されたものです。内部にはパネル・模型などを展示し、新幹線の研究の歴史を知ることができます。 「光町」の名前は、新幹線「ひかり号」に由来して名付けられました。
ルミエール府中
コンベンションホールや会議室、料理講習室などを備えた市民会館と中央図書館の複合施設です。レストランもあり、コンサートや料理教室などの催し物も多数開かれています。毎月第1土曜日の午後(日時はホームページ等で確認)に開催されているフロアコンサートは、入場無料で、市内の音楽愛好家の皆さんが自ら企画し出演するもので、アットホームな演奏を楽しむことができます。
鉄道展示室
鉄道展示室には鉄道のあれこれをテーマとした鉄道の過去・現在について知っていただくコーナーと、未来の乗り物リニアモーターカーをテーマにしたコーナーからなっており、パネル・模型等で鉄道の過去・現在・未来を紹介しています。
府中の森芸術劇場
平成3年(1991)7月にオープンした劇場で、多目的ホールの「どりーむホール」、パイプオルガンを備えたクラシック音楽専用の「ウィーンホール」、桟敷席や廻り舞台を備えた伝統芸能や演劇に最適な「ふるさとホール」の3つのホールを持つ施設です。毎月開催される「プロムナードコンサート」は、「親子向け」は無料、「大人向け」は500円で鑑賞でき、気軽に芸術に触れることができるとあって人気があります。他にも年間を通して様々なコンサートやイベントが開催されています。また、館内のイタリアンレストランでは、地場の野菜や全国各地の良質な食材を使った料理をお楽しみいただけます。ランチ・ディナーをはじめ、豊富なメニューを取り揃えておりますので、ご来場の際のくつろぎのひとときにご利用ください。
摂社・坪宮
大國魂神社例大祭「くらやみ祭」期間中の5月5日夜、ここ、摂社・坪宮で、神輿が神社を出発して御旅所に向かったこと、これから神輿に幣(神前に供える紙などでできたもの)を捧げることを神前に報告する「国造代奉幣式」という儀式が行われます。神職が馬で坪宮に参拝し、国造(大和時代に,朝廷によって任じられた地方官の一つ)の代理として御旅所に向かい神輿に奉幣します。
稲荷神社(光町)
平兵衛新田の鎮守です。 道に迷い、白狐に案内された名主は、その白狐をお稲荷様の使いであったと思い、姿を消した場所に神社を建立しました。
川崎平右衛門及び観音寺中興開山供養塔(観音寺境内)
【市重要有形文化財】 新田開発の苦労を偲んで、観音寺が中藤村から中藤新田に移転した時の住職阿闍梨法印亮瑞と、移転に尽力した幕府代官川崎平右衛門を供養するために、住職と農民が寛政7年(1795)に建立した宝篋印塔です。
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